【公的年金の繰下げ受給】①あなたは「繰下げ」する? しない?
政府は、高齢者を年金の受給者から支え手(年金保険料の支払い者)に何とか組み込んでいこうと必死です。
そのため、2020年の年金制度改正で「受給開始時期の選択肢の拡大」が予定されています。
公的年金は65歳からの受給が原則ですが、現行、「繰上げ」「繰下げ」によって、60歳から70歳までの間に受給を開始する時期を選択することができます。これを75歳まで拡大しようとするものです。
今回は、年金の「繰下げ」について考えてみたいと思います。
- 長生きリスクのため「繰下げ」もあり?
- しかし、税・保険料等を考慮すると?
- 老齢基礎年金と老齢厚生年金の繰下げはそれぞれで選択できる。
- 「繰下げ」の損益分岐よりも、その時の年金額の方が重要では?
- 実際に「繰下げ」している人の割合は?
長生きリスクのため「繰下げ」もあり?
年金を繰下げると、年金額が本来額より増額になります。
その増額率は、1月に0.7%ですから、1年繰り下げると0.7%×12月=8.4%になります。
5年繰り下げて70歳から受給すると、0.7%×12月×5年=42%。
仮に、本来の年金額を老齢厚生年金と老齢基礎年金合わせて月額17万円(※)とすると、17万円×42%=7.14万円増えることになります。
75歳から受給すると、倍の82%、14.28万円の増額です。
(※)厚労省年金局「平成30年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(P.12)厚生年金保険(第1号)老齢年金受給権者(男子)の平成30年度65歳以上の平均年金月額172,742円(前年度174,535円。年々少なくなっています。)
月に7万円、あるいは14万円は大きいですね。
長生きリスクに備えるための有効な方策として検討してみる価値はあると思います。
(66歳以降であれば、いつでも月単位で繰下げの申し出ができます。68歳5か月目から、73歳3か月目から、など。)
しかし、税・保険料等を考慮すると?
繰下げによって、年金の額は増えますが、それに応じて所得税や保険料等も増えることになり、注意が必要です。
上記の例で、単純に公的年金のみの収入で、所得控除は基礎控除のみと仮定して、私が所得税額を計算しましたところ、年金の額が月額7.14万円増加すると、所得税が月額換算4千円増え、年金が14.28万円増加すると所得税が同じく7千円増える結果となりました。(配偶者控除、社会保険料控除などもありますので、実際の所得税額はもっと低額になると思います。)
所得税のほか、住民税も増え、国民健康保険料又は後期高齢者医療保険料、介護保険料についても負担増になると思います。(そうしますと、社会保険料控除が増えますので所得税額は減ります。)
さらに、医療費の窓口負担や介護保険を利用したときの一部負担金の割合についても、年金の増額によって現役並み所得となって、3割負担になってしまう場合もあり得ます。
年金の繰下げによる税・保険料の負担増となる具体的な額については、年金の額、年金以外の収入、世帯構成、住んでいる市区町村によってそれぞれ違ってきますので、実際に繰下げを検討するときには、その具体的な数字を把握する必要があるかと思います。
しかし、そのためには国税庁や住んでいる市区町村のホームページで制度内容を調べたり、あるいは担当課に問い合わせる必要がありそうで、なかなか面倒ですので、税理士、社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナー(FP)等の専門家に相談する方法もあると思います。
とにかく、年金が増えた部分の一定割合(おそらくそんなに小さい割合ではないと思います)は、税・保険料等の負担増で消えてしまうことは確かだと思います。(年金の額が低額の場合は、税・保険料への影響がないか少ないと思われます。その場合は、繰下げによる増額の幅も小さくなります。)
老齢基礎年金と老齢厚生年金の繰下げはそれぞれで選択できる。
会社等に勤めて厚生年金に加入していた人は、老齢基礎年金と老齢厚生年金とを両方受け取ることができますが、繰下げはそれぞれで選択することができます。
つまり、次の4つの中から選択することになります。
① 2つとも、繰下げしない。
② 2つとも、繰下げる。
③ 老齢基礎年金のみを繰下げる。
④ 老齢厚生年金のみを繰下げる。
上記のように、年金を繰下げると、所得税や国保保険料、介護保険料が高くなりますが、それでも長生きリスクに備えて、将来の年金額を増やしたいと思う場合は、どちらか一方を繰下げるという選択もあります。
「繰下げ」の損益分岐よりも、その時の年金額の方が重要では?
繰下げによって受給する年金の累計額を計算しますと、何歳から受給したとしても、繰下げ受給が始まったときから12年間は、65歳から受給したときの額より少なくなります。13年目からやっと累計額が上回るようになります。
65歳から貰えるはずの年金を、繰下げて貰いだして12年のうちに死んでしまったら、「ああ損した、早くから貰っとけばよかった」と死んだ後に(!)後悔するかもしれません。
繰下げに付きものの損益分岐を重視する気持ちはわかりますが、しかし、私たちの老後の生活において、年金の受給累計額を気にしながら生活するなんてことはないはずで、それより、そのときの年金額はいくらかということの方が大事ではないでしょうか。
私は、繰下げによる年金の増額を図ることも、長生きリスクに備えるための有効な方策の一つだと考えています。
実際に「繰下げ」している人の割合は?
それでは、実際に年金の繰下げ受給者はどのくらいいるのか、ということを厚労省の資料で見ますと(第12回社会保障審議会年金部会 2019年10月18日 資料1「繰下げ制度の柔軟化」https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000558227.pdf P.12)、2017年度で厚生年金が1.2%、国民年金が1.5%とごくわずかな割合になっています。
反対に、2014年度24.1%、2015年度22.0%、2016年度20.5%、2017年度19.7%と、年々低下しているとは言え、約2割の人が、国民年金を繰上げ受給しています。
長生きリスクに備えるというよりも、「いつ死ぬかわからないから、貰えるうちに貰っておこう」という人の方がまだ多いようです。
このように現状では、繰下げ利用者はわずか1%台に過ぎませんが、これから65歳を過ぎても、「働ける間は働こう」という人たちが増えていき、すると、就労収入がある間はそれで生活して、年金は長生きリスクに備えて、繰下げて毎月の年金を増額しようと考える人たちも増えていくものと思われます。
今回は、公的年金の「繰下げ」について考えてみました。
次回は、それでは私自身はどうするのか、もう少し具体的に検討してみたいと思います。
私の場合(そして多くの人も)、老齢厚生年金については、繰下げできない事情もありますので、ぜひ次回も合わせてお読みいただき、繰下げするかしないかをご検討ください。
本日も、拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
(2020.01.20)(一部修正 2020.06.19最終)