【コロナ解雇】タクシー会社600人解雇。休業手当と失業給付について
こんにちは。
先日、東京都内のあるタクシー会社が、コロナウィルス感染の影響を理由として、従業員約600人の解雇を決めたと大きく報道されました。
その際、会社側が「休ませて休業手当を支払うよりも、解雇して雇用保険の失業給付を受ける方が、従業員にとってメリットが大きいと判断した。」と説明したことも伝えられました。
本当にそうでしょうか?
今回は、会社のコメントにある休業手当と失業給付の制度の概要を確認しておきたいと思います。
1 休業給付は雇用継続のとき、失業給付は会社を辞めたとき
休業手当は、労働基準法による制度で、会社側の事情によって労働者を休ませる場合には、会社は労働者に対して給料の60%以上支給するよう義務付けられているものです。
一方、失業給付は、雇用保険法による制度で、一般的に「失業保険」と呼ばれるように労働者が失業した場合に、次の仕事を探す間の生活を支えるために支給されるものです。
したがって、休業手当は雇用が継続する場合であるのに対して、雇用保険の失業給付は雇用関係がなくなった場合の制度になります。
以下、それぞれの内容をもう少し見てみます。
2 休業手当
労働基準法第26条に、
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
と規定されています。
「ノーワーク・ノーペイ」が大原則で、労働者が仕事をしない場合には、会社はその労働者に給料を支払う必要はないわけですが、労働者は仕事をする意思があるにもかかわらず、会社側の事情によって労働者を休ませる場合には、その間の労働者の生活を守る義務が会社にはあるということです。
具体的に、何が会社側の「事情」、法律的には「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するかは、個別具体的に判断されることになりますが、今般のコロナウィルス感染症の影響による場合の労働者の休業の取り扱いについては、複雑な内容を含んでいますので、厚労省もホームページに「Q&A」を掲載して詳しく説明しています。
新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省
なお、休業手当の額は、労働基準法で「平均賃金の100分の60以上」とされていますので、「100分の60」ピッタリである必要はありません。「100分の100」でも構いません。
◆雇用調整助成金
会社が、事業継続が困難となった場合において、労働者を解雇せずに休業させたときには、会社が支払った休業手当の一定割合が、雇用保険制度から雇用調整助成金として会社に支給されます。
この雇用調整助成金は、通常、申請してから支給されるまでの期間が約2か月かかり、また、申請手続きも面倒だとして、申請をためらう会社もあるようです。
しかし、今回のコロナウィルス感染症による場合は、厚労省は、申請書類の数を減らし、記載事項も簡略にして、支給までの期間も1か月程度に短縮するなど、柔軟な対応をすると報道されています(4月11日付日経新聞等)。
また、雇用調整助成金の助成率は、通常、中小企業の場合3分の2、大企業で2分の1ですが、コロナウィルス感染症による特例措置として、中小企業は最大10分の9、大企業は最大4分の3まで拡大されています。
3 雇用保険の失業給付
いわゆる「失業保険」ですが、正しくは、雇用保険制度のなかの失業等給付のなかの求職者給付のなかの一般被保険者に対する給付のなかの基本手当になります。面倒臭いですね。
以下、「基本手当」で統一したいと思います。
◆受給資格
基本手当を受給するためには、「離職の日以前2年間に、被保険者期間(※)が通算して12か月以上あること」が必要です。
これは通常の離職(会社を辞めること)の場合ですが、解雇、会社の倒産等の場合には、「離職の日以前1年間に、被保険者期間が6か月以上あること」という特例が適用されます。
※被保険者期間:雇用保険の被保険者資格取得届を提出し、雇用保険料を納付した期間(手続きは会社が行い、雇用保険料は給料から天引きされます。)。一般的には、会社の勤続期間と同じになります。
◆基本手当の額
これは賃金の100分の50から100分の80の範囲内の額とされていて、賃金の額に応じて決まります。
複雑な計算式ですが、ネット上にはいくつも計算ツールがアップされていますので、それで簡易に計算することができます。
いま、月給20万円で、年齢45歳以上60歳未満で計算ツールに入力しましたら、基本手当の額は1日4,880円でした。
賃金日額=20万円×6か月÷180=6,666円ですから、その約73%になり、単純比較ですと、平均賃金の60%とした場合の休業手当の額より多くなります。
◆給付日数
基本手当は、失業して求職活動をすることが条件ですから、4週に1回、ハローワークに出向いて「失業の認定」を受けなければなりません。
また、その際には2回以上の「求職活動」の実績があることが必要です。
給付される期間(日数)には、被保険者期間等に応じて上限があります。
通常の離職の場合は、年齢に関わらず90日から150日です。
解雇、倒産等の場合には、年齢と被保険者期間に応じて、90日から最大330日になっています(例:45歳以上60歳未満で被保険者期間12年の場合、270日など)。
4 タクシー会社の問題点
冒頭のタクシー会社は、雇用を継続して休業手当を出すよりも、解雇して雇用保険の失業給付(基本手当)を貰う方が、労働者にとってメリットがあると説明しているようですが、果たして本当にそうでしょうか。
(1) 基本手当受給における問題点
ア 基本手当の受給要件に該当しない場合は受給できない。
上記で述べましたように、基本手当には受給資格が必要です。
解雇の場合でも、過去1年間に6か月以上の被保険者期間が必要ですから、最近、会社に採用されたような人の中には、基本手当の受給資格がない場合も考えられます。
また、基本手当を受給できる場合も、年齢や勤続期間によって受給できる期間が異なりますので、会社を辞めた後の生活保障の内容に、労働者ごとに大きな差が生じてしまうことになります。
イ 再就職先が決まっている場合は支給されない。
基本手当は、失業して再就職先を見つける間の保障ですから、再就職先が決まっていないことが条件になります。
しかし、このタクシー会社の場合は、コロナウィルス感染症が収まったら、「再度雇う」と言っているようです。
このような場合には基本手当は支給されません。
(2) その他の問題点
会社は、テレビカメラの前では「解雇」と説明していますが、実態は労働者個々に「退職届」を書かせているようです。
タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない 労働者たちが怒っているわけとは?(今野晴貴) - 個人 - Yahoo!ニュース
「解雇」ですと、基本手当の受給においては、通常の離職より有利な取り扱いになりますが、労働基準法上の問題が生じます。
労働基準法では、会社が労働者を解雇する場合には、30日以上前に解雇予告をするか、もしくは30日分の解雇予告手当を支払う必要があります。
今回、「解雇」通告は突然のようですので、会社は解雇予告手当を支払う必要のあるケースと思われます。
そこで、会社は解雇予告手当を支払わないために、法的には「解雇」とされないよう「退職」届を書かせたのかもしれません。
また、休業手当の場合は、会社が支給する休業手当と雇用調整助成金の差額を会社が負担しなければならないことを避けたかったのかもしれません。
5 まとめ
コロナウィルス感染症の影響によるタクシー会社の600人解雇という事案について、このブログでは、休業手当と雇用保険の失業給付(基本手当)の概要をお伝えして、その違いを確認することが目的で、必ずしも、事案そのものについての論評をすることが目的ではありませんが、「休業手当よりも失業給付の方が労働者にとってメリットがある」という会社側の説明を真に受けることはできないように思われます。
雇用を継続して、賃金の100%の休業手当を出し、それに対して雇用調整助成金を申請するということが、通常の対応かと思われます。
今回は、タクシー会社の従業員大量解雇のケースについて考えてみました。
今日も、拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
(2020.04.21)
【追加 2020.04.27】
タクシー会社は、解雇不当を訴えていた従業員10人が所属する労働組合と4月20日に行われた団体交渉で解雇を撤回した、と報じられました。
また、厚労省は、コロナウィルス感染拡大による労働者を解雇せず休業させた場合の雇用調整助成金の特例措置について、中小企業が賃金と同額の休業手当を出す場合の助成率を10分の10に拡大しました。👇
(一部修正 2020.07.01最終)