【法人の役員】弁護士会会長が厚生年金加入逃れの脱法行為!? ほかの社会保険は?
こんにちは。
最近、弁護士会会長の厚生年金加入に関する報道がありましたので、今回はそのことについて確認したいと思います。
1.最近の報道
(1) 神奈川県弁護士会
これは、8月11日付の産経新聞その他で報道されました。
https://www.sankei.com/affairs/news/200811/afr2008110001-n1.html
神奈川県県弁護士会会長に就任すると、月額30万円の報酬が支払われ、その間(通常1年間)、厚生年金に加入しなければなりません。
すると、同時にそれまで加入していた国民年金基金*1を脱退することになります。
会長退任後に、厚生年金を脱退して、国民年金基金に再加入しますが、そうすると当該基金における掛け金運用の予定利率が再加入時の利率になります。
低金利時代ですから、当然、予定利率が下がることになり、その分不利益になります。
そのため、会長は、受け取った報酬を全額返納して、代わりに、弁護士会は、辞任後2年間月額15万円の顧問料(総額は報酬総額と同額になる)を支払うことを決議して、厚生年金への加入義務を免れていました。
これに対して、同県弁護士会に所属する4人の弁護士が、顧問料支払いに関する決議が、「脱法的な手続き」に当たるとして、決議の無効確認を求める訴えを起こしたというものです。
(2) 日本弁護士会
神奈川県弁護士会に関する報道に続いて、今後は、日本弁護士会に関する同種の報道がありました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ec1d03c5270482b4822b891ae1d41ade4af72684
それは、同会会長は月額105万円、副会長は同50万円の報酬を得ていながら、厚生年金に加入していなかったというものです。
(3) 制度
それでは、制度の内容はどうなっているか、確認してみたいと思います。
まず、厚生年金保険法第9条には、
適用事業所に使用される70歳未満の者は、厚生年金保険の被保険者とする。
と規定されています。
ア.適用事業所とは?
法人は、その規模や事業の内容にかかわらず「適用事業所」です。
弁護士会は、弁護士法第31条第2項で「弁護士会は、法人とする。」とありますので、厚生年金保険法上の適用事業所になります。
イ.「使用される」とは?
ここが問題になるところです。
両弁護士会では、会長、副会長は、「使用される」者には当たらないと解釈していたようです。
これについては、昭和24年(70年前!)に出された下記の通知があり、今もこれに基づいた運用がなされています。
○法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格について(昭和24年7月28日 保発第74号)
(各都道府県知事・各健康保険組合理事長あて厚生省保険局長通知)
法人の理事、監事、取締役、代表社員及び無限責任社員等法人の代表者又は業務執行者であって、他面その法人の業務の一部を担任している者は、その限度において使用関係にある者として、健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取扱って来たのであるが、今後これら法人の代表者又は業務執行者であっても、法人から、労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるよう致されたい。
なお、法人に非ざる社団又は組合の総裁、会長及び組合及び組合長等その団体の理事者の地位にある者、又は地方公共団体の業務執行者についても同様な取扱と致されたい。
したがって、厚生年金法第12条の適用除外に該当しない限り、会長、副会長が70歳未満であれば、法的に強制加入の当然被保険者になります。
神奈川県弁護士会の場合は、年金事務所からの指摘を受けて、70年前の通知の法的効力を真正面から争うのではなく、便法的に、報酬から顧問料に切り替えたようですから、提訴した弁護士が言うように「脱法的な手続き」の色合いが強いように思います。
それも、国民年金基金の予定利率が下がるというのが理由のようですから、いかにも「セコイ」という印象です。
一方の日本弁護士会は、年金事務所からの指摘は受けていませんでした。
「使用される者」の解釈を、単純に誤っていたのかもしれません。
今後、どういう対応をするのか、追跡した報道を待ちたいと思います。
2.他の社会保険制度
それでは、会長、理事など法人の役員に関するそのほかの社会保険制度はどのような取扱いになっているのか、確認したいと思います。
(1) 健康保険
これは、上記の国の通知にありますように、厚生年金と同様の取り扱いです。
したがいまして、それまで国民健康保険*2に加入していた人は、全国健康保険協会(けんぽ協会)に加入することになります。
(2) 労災保険
労働災害補償保険法(労災法)第3条第1項に、
労働災害補償保険法においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。
と規定されています。
労災保険は、どんな事業でも適用されるのが大原則ですが、適用対象になるには「労働者」です。
この「労働者」は、労働基準法第9条にいう労働者のことですが、法人の役員は、「労働者」に当たらず、同法第10条にいう「使用者」になります。
したがって、法人の役員の業務上の疾病、けがに対しては、労災保険法は、原則として適用されません。
また、健康保険も、業務上の疾病、けがについては、原則として適用されません。
ただし、通勤災害については、健康保険の適用があります。
◆特別加入制度
しかし、法人の役員でも、一般の従業員と同様の業務をする場合もあり得ます。
そのため、中小企業*3の事業主については、労災保険の特別加入制度があります。
◆小規模事業所の場合
法人の役員の業務上の疾病、けがに対しては、原則として、労災保険も健康保険も適用されません。
しかし、健康保険の被保険者数5人未満の適用事業所に所属する法人の役員(代表者等)が、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事しているときの業務災害については、健康保険が適用される場合があります。*4
(3) 雇用保険
雇用保険法第4条第1項には、
この法律において「被保険者」とは、適用事業に雇用される労働者であって、第6条各号に掲げる者以外のものをいう。
と規定されています。
第6条というのは適用除外の規定です。
したがって、法人の代表者は「雇用される労働者」ではありませんので、雇用保険の適用はなく、失業しても失業手当(基本手当)を受けることはできません。
結論としては、(狭義の)社会保険[健康保険と厚生年金保険]は、法人の役員を法人に使用される者として制度を適用するのに対して、労働保険[労災保険と雇用保険]では、労働者に当たらないとして適用しないことになっています。
今回は、弁護士会会長が厚生年金に加入していなかったことについてお伝えしました。
今日も、拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
(2020.08.29)