会社は、どうして退職日を月末の前日にしようとするのか? 労働者にとっての損得は?
こんにちは。
定年退職の日付は、就業規則等であらかじめ決められているところが多いでしょうが、その他の事由による退職の日を、月末ではなく、その前日にしようとする会社があります。
例えば、8月退職である場合に、31日付ではなく、30日付で退職にするケースです。
それはどうしてか、また、労働者にとってのメリット、デメリットについて、社会保険料負担の観点から考えてみたいと思います。
1.会社側のメリット
社会保険(厚生年金と健康保険)の保険料は、労使折半で負担しています。
したがって、会社側のメリットは、単純かつ明確です。
その月の社会保険料の事業主負担分を支払いたくないためです。
(1) 厚生年金の規定
厚生年金保険法第14条に、「その事業所に使用されなくなったとき」は、その翌日に「資格」を喪失するとの規定があります。
それはそうですよね、退職日までは仕事をしているわけですから、その日までは資格があるはずです。
ところが、厚生年金の「被保険者期間」は「月単位」で、同法第19条第1項には、
被保険者期間を計算する場合には、月によるものとし、被保険者の資格を取得した月からその資格を喪失した月の前月までをこれに算入する。
と規定されています。
また、同法第81条第2項には、
保険料は、被保険者期間の計算の基礎となる各月につき、徴収するものとする。
と規定されています。
ここに、「資格」と「被保険者期間」の違いがあります。
8月31日で退職した場合は、資格喪失日は翌日の9月1日になり、喪失月9月の前月である8月までが被保険者期間となります。
保険料も8月分まで納付しなければいけません。
一方、8月30日で退職した場合は、8月31日が資格喪失日、8月が喪失月となり、被保険者期間及び保険料納付義務があるのは7月分までとなります。
(2) 健康保険の規定
厚生年金と同様に、健康保険法第36条に、「その事業所に使用されなくなったとき」は、その翌日に資格を喪失すると規定されています。
厚生年金の場合は、年金額の計算のために「月単位の被保険者期間」が定められていますが、健康保険ではそういう必要がないため、「被保険者期間」という概念はありません。
保険料については、同法156条第3項に、
前月から引き続き被保険者である者がその資格を喪失した場合においては、その月分の保険料は、算定しない。
との規定があり、結局、厚生年金と同様に、「月単位」で、喪失日の属する月の前月分まで保険料を納付する義務があります。
以上から、会社にとって、月末ではなく、その前日で退職させる方が、その労働者にかかる、その月分の社会保険料(事業主負担分)を納付しなくてもよいことになります。
2.労働者にとってメリットか、デメリットか?
それでは、労働者にとってはどうでしょうか。
労働者も、退職日が月末ではなく、その前日である場合、その月分の社会保険料を納付しなくてもよいことは会社側と同じです。
ただし、労働者は、そう単純ではありません。
なお、ここでは、退職の翌日に、別の会社に就職しないケースを想定しています。
(1) 年金について
労働者が、会社を退職して、厚生年金の資格を喪失した場合は、原則として、国民年金に加入する必要があります(正しくは、国民年金第2号被保険者から第1号被保険者への種別変更)。
厚生年金保険料を払わない代わりに、国民年金保険料の納付義務が生じます。
年金ですから、厚生年金と同じく「月単位の被保険者期間」という概念があり、国民年金法第11条に、「その資格を取得した日の属する月から」と規定されています。
また、同法第87条第2項に「保険料は、被保険者期間の計算の基礎となる各月につき、徴収するものとする」との規定があります。
したがって、8月30日付退職の場合は、8月31日に国民年金に加入し、8月分から国民年金保険料を納付することになります。
(2) 健康保険について
労働者が、会社を退職して、健康保険の資格を喪失した場合は、被扶養者になる場合を除けば、健康保険の任意継続か、国民健康保険に加入することになります。
保険料は、任意継続の場合は、事業主負担分も払うことになるのでこれまでの保険料額の倍額を、国民健康保険の場合は、居住している市区町村によって異なる国民健康保険料(税)を負担することになります。
3.シミュレーション
会社にとっては、退職した労働者に係る社会保険料の負担が減るだけですが、労働者にとっては、負担が減る一方で、新たな負担が生じます。
それがどの程度なのか、具体例でみてみます。
(1) 試算
◆ケースA:月給40万円、賞与を含む年収600万円、配偶者(無職)、いずれも40歳以上、子1人、東京都世田谷区に居住、会社の健康保険は協会けんぽ
▷負担減となるもの(月額)
厚生年金保険料 37,515円
健康保険料 23,903円
合計 61,418円
▷新たな負担(月額)
国民年金保険料 16,540円×2人=33,080円
健康保険料
・任意継続 23,903×2=47,806円
・国民健康保険 54,354円 (年額の12分の1として)
合計
・任意継続 80,886円 ➡ 19,468円の負担増
・国民健康保険 87,434円 ➡ 26,016円の負担増
◆ケースB:月給20万円、年収240万円、以下はケースAに同じ。
▷負担減となるもの(月額)
厚生年金保険料18,300円
健康保険料 11,660円
合計 29,960円
▷新たな負担(月額)
国民年金保険料 16,540円×2人=33,080円
健康保険料
・任意継続 11,660×2=23,320円
・国民健康保険 27,950円
合計
・任意継続 56,400円 ➡ 26,440円の負担増
・国民健康保険 61,030円 ➡ 31,070円の負担増
(2)結論
上記の2つの例においては、退職日が1日違うだけで、労働者にとってはかなりの負担増になることがわかります。
また、収入が低い方の負担がより多くなっています。
年金保険料(率)は全国一律ですが、健康保険料率(けんぽ協会)は都道府県ごと、国民健康保険料(税)率は、住んでいる市区町村ごとに違います。
被扶養配偶者は、国民年金保険料を払うことなく、国民年金第3号被保険者となっていますが、世帯主(有職者)が会社を辞めると、3号ではなく第1号被保険者として、国民年金保険料の納付義務が生じます。
また、国民健康保険料(税)は、世帯員の数が多いほど高額になる仕組みです。
具体的な額は、所得状況、世帯状況、居住地によって異なります。
退職日を選択することができるのであれば、月末を選択する方が、負担が軽くなる場合が多いものと思われます。
今回は、月末退職とその前日退職について、社会保険料負担の観点から見てみました。
今日も、拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
(2020.09.19)