【年金制度改革:厚生年金の適用拡大】②若い世代にとっての影響は?
今回は、厚生年金の適用拡大によって、若い世代にどういう影響があるのか、少し具体的に考えてみたいと思います。
厚労省の資料(「社会保障審議会年金部会における議論の整理」令和元年 12 月 27 日 P.8)に、「週労働時間 20~30 時間かつ月額賃金 8.8 万円以上で働くパート労働者の内訳を見ると、適用拡大によって保険料負担が減り、給付増を享受する国民年金第1号被保険者が半数近くを占めている。」とあります。
国民年金第1号被保険者とは?
わが国の年金制度は2階建てになっていて、1階部分の国民年金には20歳以上60歳未満(第2号被保険者を除く)の人は、原則として、全員強制的に加入することになっています。
その上に、2階部分として、会社等に勤務している人たちが加入する厚生年金が乗っているイメージです。
国民年金加入者には、第1号被保険者、第2号被保険者、第3号被保険者の3種類の区分があります。
第2号被保険は厚生年金加入者、第3号被保険者は第2号被保険者の被扶養配偶者であり、そのいずれにも該当しない人が第1号被保険者です。
例えば、商店などの個人事業主やそこで働いている人、農林水産業従事者、パート労働者、アルバイトで働いている人たちが第1号被保険者になります。
そして、上記の厚労省資料によりますと、今回の厚生年金の適用拡大の対象となる人の「半数近く」がこの第1号被保険者ということです。
50人超500人以下の事業所(ある程度大きい事業所になります)で、週20時間以上30時間未満で働いている短時間労働者は、現行、厚生年金の「適用除外」ですので、被扶養配偶者でない限り、国民年金の第1号被保険者になります。
シミュレーションをしてみると
現在40歳の人が65歳まで、
[ケースA]時給1,200円で週20時間働く場合と、
[ケースB]時給1,500円で週28時間働く場合について、
厚生年金保険料と65歳になって受け取る年金額について試算してみます。(以下、いずれも単身世帯としての計算)
ケースA:時給1,200円×20時間×4週=月収96,000円→標準報酬98,000円
ケースB:時給1,500円×28時間×4週=月収168,000円→標準報酬170,000円
<厚生年金保険料>
ケースA:98,000円×保険料率18.3%×1/2(労使折半)=8,967円
8,967円×12月×25年(65歳まで)=2,690,100円
ケースB:170,000円×保険料率18.3%×1/2(労使折半)=15,555円
15,555円×12月×25年(65歳まで)=4,666,500円
<年金額>
ケースA:98,000円×乗率5.481/1000×12月×25年=161,141円
ケースB:170,000円×乗率5.481/1000×12月×25年=279,531円
ケースAでは、月収9万6千円で保険料が月9千円、年金の額が年16万円(月に1万3千円)。
ケースBでは、月収16万8千円で保険料が月1万5千円、年金の額が年28万円(月に2万3千円)。
25年間に支払った厚生年金保険料と同じ額を、年金として受け取るためには、いずれも16.7年、81歳8か月のときまでかかります。
国民年金保険料の負担がなくなる
しかし、国民年金第1号被保険者が厚生年金に加入するわけですから、それまで払っていた国民年金保険料は、以後、払う必要がありません。
国民年金保険料(掛金)は、現在、月16,410円です。
すると、ケースAでは、保険料は月7千円も安くなります。
かつ、厚生年金加入期間は、国民年金加入期間にもなりますから、この期間は国民年金の年金額にも反映されます。
ケースBも同じように見えますが、国民年金保険料は、原則として、60歳までしか納付できませんので、厚生年金保険料の方が約72万円多く払う計算になります。
でも、この負担増を年金で取り戻す期間はわずか2.6年です。
国民年金第1号被保険者にとって、厚生年金の適用は、迷うことなく「良いこと」です。
健康保険はどうなる?
厚生年金と健康保険の適用関係は一体としての扱いです。
国民年金第1号被保険者であった人の医療保険は、原則として、国民健康保険であったはずです。
この人が厚生年金被保険者になる場合は、同時に健康保険の被保険者になります。
医療保険の負担と給付について、上記のケースで、簡単に見てみたいと思います。
<健康保険料(協会けんぽ)>
ケースA:98,000円×保険料率11.63%(※)×1/2(労使折半)=5,698.7円(年額68,384円)
ケースB:170,000円×保険料率11.63%(※)×1/2(労使折半)=9,885.5(年額118,626円)
※東京都の保険料率9.9%(全国平均は10%)+介護保険分1.73%
◆介護保険第2号被保険者(40歳以上65歳未満)の介護保険料は、医療保険料の中で納付することになっています。例示のケースは40歳ですので介護保険分の保険料が加算されます。
<国民健康保険料>東京都世田谷区の場合
ケースA:年額53,250円 ケースB:年額184,350円
※国保の保険料計算はたいへん複雑になっていて、上の金額が正確かどうか自信はありません。あくまでも「この程度」という参考にしてください。ケースAは、法定5割軽減該当とした金額。
所得が低い場合は、軽減措置によって国保料は健康保険料とあまり変わりませんが、所得が高くなると、国保料は高くなりますので、厚生年金=健康保険適用によって負担は軽くなると思われます。(単身世帯としての計算です。国保料は世帯員が増えると人数に応じて高額になります。)
<給付>
医療の本体部分(医療機関での受診等)は健康保険(協会けんぽ)と国保とで違いはありませんが、病気や出産のために仕事を休み給料が出ない時の傷病手当金、出産手当金など、健康保険には、国保にはない給付があります。
結論
上記の厚労省資料(P.8)に「被用者保険に加入すれば、将来、基礎年金に加え、報酬比例部分の年金を終身にわたって受給できるようになり、障害・死亡に際しての保険給付も手厚くなるほか、健康保険による傷病手当金等の生活保障を受けられるようになる。」と記載してあるように、今回、見てきました国民年金第1号被保険者にとって、厚生年金の適用拡大は、負担は減るかほぼ同じで、給付はプラスになることであり、大いに歓迎すべき制度改正であると考えます。
最後に、しかし…
確かに歓迎すべき制度改正ですが、しかし、それはあくまでも、週労働時間20時間以上30時間未満の短時間労働者として、ということです。
上記のケースBでも、月収は16万8千円、年収201万6千円です。
これで生活できるでしょうか。
単身ならば可能かもしれませんが、家庭を持って、家賃を払って、教育費も必要で…、と考えると少し厳しいのではないでしょうか。
資産や遺産など、ほかに生計を維持する途のある人を除いて、短時間労働者であるのは一時的であるべきでしょう。
短時間労働者の多くは、フルタイムの正規労働者として働くことを望んでいるはずです。
上記のシミュレーションでわかるように、年金額は給料の額(標準報酬額)と加入期間に応じた額になりますので、生活するに足る給料を得られる仕事に就くこと、それが高齢者となってからの年金の額にもつながります。
短時間労働者に対する厚生年金の適用拡大も必要なことですが、それに終わらず、労働者を短時間労働者として使い捨てにすることなく、希望する者は、きちんとフルタイムの正規労働者として就労できることがより重要であると考えます。
今回は、今年度の年金制度改革の眼目である厚生年金の適用拡大について、その若い世代(国民年金第1号被保険者)にとってどういう影響があるのか考えてみました。
今日も、拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
(2020.01.26)(一部修正 2020.06.19最終)